
先日、花角県知事が柏崎刈羽原発の再稼働について条件を提示した上での容認を表明した上で、県議会に信を問うとの方針を示されました。
長年にわたる検証を経た上で、様々な要因、要素を踏まえつつ至った知事の今般のご決断に敬意を表するとともに、私自身は、そのご判断を受け入れ、評価したいと思います。
とりわけ、原子力防災担当政務官時代、知事、そしてUPZ圏内の市町村長さんから避難路整備、避難所支援に関する切実なる要望を直接賜った当事者として、その履行に引き続き携わってまいる所存です。
その上で…
一部報道では、「信を問う」との表現を発案し、花角知事(当時は知事候補)に具申したのは国定だと報じられますが、それは否定しません(ただし、私の具申だけで花角知事自身が納得し、使い出したかどうかは本人ではないので不明です)。
そして、これは報じられているところではありませんが、その際、花角知事には「「信を問う」方々は幾つもある。県民投票による方々もあれば、県民の代表である県議会議員によって構成される県議会に諮る方法もある。少し「信を問う」要素度合いは薄まるかもしれないが、知事選挙による方法も考えられる。いずれも「信を問う」に足る立派な手段だ」ということを併せて申し上げたところです。
このことは(たしかアートホテル新潟駅前の控室だったかと思いますが…)同じ部屋にいた複数の当時の市長さん達がいるでの出来事だったことを申し添えます。
従って、花角知事は「信を問う」との言葉を使い始めたときにはその脳裏に少なくとも3つの方々があったということは当事者として断言しておきたいと思います。
一次情報が誰の目にも触れることなく埋没していくことが忍びなく、敢えてエピソードを書き綴ってみました。
