この地に尽くす!〜国定勇人(くにさだいさと)の日記〜

自由民主党新潟県第4選挙区支部長(前三条市長)の国定勇人(くにさだいさと)です。 自分の思い、日々の活動、第4選挙区内の様々なこと、プライベートなことなどを徒然なるままに書き綴ってまいります。 気楽にお付き合い下さいませ。

2024年08月

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福島県浜通り地方への公務出張に続き、北九州への公務出張についても記憶が薄れぬうちに書き綴っていきたいと思います。

北九州市のホームページを覗くと、工業と公害の歴史について、端的に次のように紹介されております。




北九州地域は、日本の四大工業地帯の一つとして、重化学工業を中心に発展し、日本の近代化・高度経済成長の牽引役を果たしてきました。しかし、産業の繁栄は、一方で激しい公害をもたらしました。1960年代、「ばい煙の空」と呼ばれた北九州地域の大気汚染は国内最悪を記録、洞海湾は工場廃水により「死の海」と化しました。

この公害に対し、対策を求めて最初に立ち上がったのは、子どもの健康を心配した母親たちでした。住民運動やマスメディアの報道が公害に対する社会の問題意識を高め、企業や行政の公害対策強化を促したのです。

市民、企業、行政の一体となった取り組みにより、環境は急速に改善され、1980年代には、環境再生を果たした奇跡のまちとして国内外に紹介されるようになりました。



とあるのですが、1972年(昭和47年)生まれの私にとって、北九州と四大工業地帯は結びついても、北九州と公害は結びつきませんでした。

それは恐らく、四大公害病にカウントされず、その結果、学校の社会科の授業で教わることがなかったからなんだと思います。

では、何故、四大公害病レベルの健康被害が発生しなかったのか…

北九州市にある環境ミュージアムでお話を伺ったところによれば、海が汚染され過ぎて、食べるはずの魚そのものが生きることができず、原因となる魚を口にすることができなかったからとのこと…

何とも皮肉な話です(七色の煙と言われた大気汚染に由来する公害病との因果関係については話を伺う時間がありませんでした…)。

さて、

環境再生に携わってきた北九州市は自分達の使命として、ゴミの山と化し、自然破壊となることを防ぐため、産業廃棄物などの資源循環に精力的に取り組む道を選んでいただきました。

その1つが、今回の北九州訪問の最大の目的である高濃度PCB廃棄物の広域受入れであったわけでありますが、このことはまた改めて…

(写真は官営八幡製作所の産業遺産です)

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先日、スポGOMIワールドカップの公式トング「マジップ」を製造販売している永塚製作所の能勢社長さんから「マジップとDXの融合に挑戦している若者達がいるので会ってくれないか?」と誘われたのですが…

断る理由なんてないに決まっているでしょう!

というか、興味津々!

というわけで、先日、奈良先端科学技術大学院大学の学生さんであり、起業家でもある方々と念願のご対面を果たしてきました。

彼らが取り組んでいることはAIに学習させることで、トングで拾ったゴミの種類、場所などを自動認識、蓄積、データ化させることで、これによって競技性の強いスポGOMIの審査の公平性も飛躍的に進歩できますし、地図データに蓄積することで環境美化に取り組む市町村やコミュニティにも強い味方になること請け合いです。

それと同時に、私が強く関心を持ったのが面会した創業者メンバーが創業数年にして経営陣から身を退き、後輩に継がせているということ!

彼らの感覚では、それが素直でシンプルでスマートな解なのだそう…

驚愕です…

でも、それで自分達は技術開発に専念できるというのですから、物事は捉え方次第なんでしょうね。

この淡白さが羨ましくて清々しい!

我が国もまだまだ希望に満ち溢れております。

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これまで何度か福島を訪問しておりますが、先行除染が行われている作業現場に降り立ち、直に触れるのは、先月の公務出張が恥ずかしながら初めてのことでありました。

ということで…

初めてスクリーニングを体験することができました。

かなり空間線量が高く、放射性セシウム濃度もかなり高い場所に降り立っていたため(だから先行除染しているわけで、当たり前といえば当たり前なのですが…)、少しドキドキしておりましたが、スクリーニング検査の結果も正常の範囲内でしたし、何よりも驚きだったのが一連の流れが実にスムーズであったこと!

このノウハウは意識的に次世代に受け継いでいかないといけませんね。

もちろん、このノウハウが再び活かされないに越したことはありませんが…

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「我が国の自然環境の再生力は世界でも稀有なものであり、我が国の文化を支える日本人特有の思考方法にもその著しい再生力は大きな影響を与えている」

引用的に書き始めましたが、ドンピシャの引用元に辿り着けないものの、よく見聞きする考え方です。

たしかに、一度開墾すると原生林に復元することが容易ではないヨーロッパに比べ、我が国の気候風土は逞しく、生きる力が漲っています。

皮肉なことに、それを図らずも体現してしまった地域が福島県浜通り地方にあります。

福島県双葉町。

今なお双葉町の町域の大半が避難指示が解除できない状況が続いているのですが、それでも双葉駅を中心に少しずつ避難指示も解除され始め、それに伴い、私たち環境省の主要任務の1つである先行除染も着手し始めております。

私は今年の初め、この先行除染が始まる前に除染予定の農地の現場にお邪魔したのですが、約13年間人の手が全く入らなかった農地は中低木が覆い繁るまさに原生林状態…

「これを農地に戻すのか…」と天をも仰ぎたくなる光景でありました。

でも、その逞しい自然環境と調和し、共生していくことができるのも、日本人の素晴らしき特性であります。

それから僅か半年…

再び同地にお邪魔した私の眼前に広がっていたのは作付を今か今かと待ち望んでいるかのような再開墾された農地でありました。

環境省というか、日本人の執念を見る思いがしました。

この原生林状態から農地への劇的な変化を、しかも僅か半年での劇的な変化を是非多くの方々に触れていただきたいと心底思っています。

見れば必ず、双葉町の確かで明るい、可能性しかない未来を感じ取ることができるからです!

これもまた、環境省の大事な仕事。

実現していきたいと思います。

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「現在手掛けている農業女子向けの農具を介して、地域活性化のお手伝いができないだろうか…」

三条市内の農具、木工製品の製造メーカーであるカネコ総業さんから、こんな素敵な相談を受けたのは今から凡そ8ヶ月ほど前のことでした。

「このような素晴らしい提案を享受していただきたいのは復興再生に取り組んでいる福島を置いて他にはない」

福島再生をも所掌する環境省の大臣政務官として、この結論に辿り着くにはさほどの時間を要しませんでした。

そして、福島再生チームが見つけてきた、とっておきのパートナーが大熊町で農業を通じて地域再生に取り組んでいる若者たち!

彼ら彼女らは震災後に大熊町に可能性を見出し、移り住んできた開拓者であります。

果たして、カネコ総業さんの農具を手にした彼ら彼女らの屈託のない笑顔に、部長さんも安心された様子で、本当に良かったです!(ちなみに、カネコ総業さんのホームページを覗いてみると「参加した取締役部長は「しゃべるのが苦手で方言丸出しでしたが、メンバーととても楽しく交流ができました。今後4カ月に1回くらいのペースでお邪魔したいと思っています。」と嬉しそうに語っていました」とのこと。益々良かったです!)

震災から13年が経過して人々の福島に対する関心が薄れつつある今だからこそ、それでも尚こうして支援の手を差し伸べようとして下さる方々と福島の人々とを繋ぐお手伝いをすることが、私たち環境省にとっても大切な任務であり、誇るべき仕事です。

私も、この任にある限り、繋ぐ役割を追求していきたいと思っています。

いずれにしても…

カネコ総業さん、本当にありがとうございました!

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