この地に尽くす!〜国定勇人(くにさだいさと)の日記〜

自由民主党新潟県第4選挙区支部長(前三条市長)の国定勇人(くにさだいさと)です。 自分の思い、日々の活動、第4選挙区内の様々なこと、プライベートなことなどを徒然なるままに書き綴ってまいります。 気楽にお付き合い下さいませ。

2022年09月

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さて、日曜日の総理視察について、何回かに分けて私見を交えてご報告を…

写真をご覧になって感じられるのは「人数が多過ぎない⁉︎」ということなのではないかと思います(私自身もそれに貢献してしまっているのですが…)。

そして、ご覧になられた方々の中には「かえって復旧の妨げになるのでは?」「もっと人数を絞り込むべきでは?」「説明だけ聞いて短時間で引き上げることに何の意味があるの?(実際、被災地1箇所当たりの滞在時間は2,30分程度)」と思われる方もいらっしゃるのではないかと思います。

でも、こうした疑問について、過去官僚として、被災経験首長として大臣視察を受け入れた身として、国会議員として、「総理視察はそうした疑問を大幅に上回るだけのメリットが被災地にある」と申し上げたいと思います。

まず、大人数を伴う総理視察のタイミングについて。

もし総理視察が発災直後であれば、「かえって復旧の妨げになるのでは?」という指摘はそのとおりだと思います。

が、発災後1ヶ月程度のこの時期は、①復旧が進む中、復旧費用をどれだけ国が負担してくれるのか?、②災害復旧に係る制度運用と現実とのギャップが顕在化する中、そのギャップの埋め合わせにどれだけ政府が向き合ってくれるのか?、という被災地(被災県、被災市町村)の不安がピークに達する時期と重なり、総理視察こそが最も求められる時期となるのです。

でも、そうすると、短時間視察にしか過ぎない総理視察という場面をわざわざ設けずとも良いのではないか?と疑問が沸くはずです。

しかしながら、ここは敢えて「総理視察」にこそ意味があるということを声を大にして申し上げたいのです。

「総理が被災地を視察する」ということは、行政権執行の最高責任者として、「この被災地は政府として全力を挙げて復旧に取り組むべき被災地である」ということを被災地に対してまさに身を以って示すだけでなく、政府部内に対して「そういうことだから、そういうつもりで臨むように」という強力なメッセージとなるからです(きっと、企業活動でも往々にしてあるのではないでしょうか…)。

「そうであれば、そういう姿勢を総理は取っているというメッセージを発すればいいのでは?」と思われるかもしれませんが、人間社会はそこまでデジタルな社会ではありません(人間には感情がありますし、百聞は一見に如かずという諺は今も昔も変わらぬのです)。

一見無駄なように見えるかもしれませんが、やはり短時間でも総理自らが現地に足を運ぶという事実行為ほど、被災地に対するメッセージとして雄弁に語る手段はありませんし、政府という巨大組織を短時間で同じ方向に向かわしめる手段はありません。

ですから、内閣府防災担当部局を始め、関係省庁の担当者が大勢で同行してくるのです。

実際、私も被災経験市の職員、市長として、総理や大臣の視察を心強く思いましたし、現実の政府からの支援スピードや柔軟性も劇的に変化した経験をしましたので、この私見はさほど間違っていないと思います。

もちろん理想を言えば、もっとシステマティックに事態が推移していけばいいのでしょうが、災害がすべからく千差万別である以上、システマティックに事態が流れる術もなく、現場合わせが必要であり、それを多岐にわたって短期間にスムーズに進めていくためには、総理視察ほど重要な手法はないということをご理解いただければ幸いです。

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時間がないので、予告編を…

昨日、岸田総理が来県され、8月初旬の豪雨災害における村上市の被災地、新潟市秋葉区の白銀カルチャーの農業施設を視察され、そのまま白銀カルチャーさんにて物価高騰をテーマとした車座トークを開催して頂きました。

私も、後半が私がお世話になっている選挙区ということもあり、その全てに同行させていただきましたが、それぞれ私なりに感じたことを明日以降、書き綴ってみたいと思います。

というわけで、岸田総理、花角知事、高橋村上市長、この度の豪雨災害における卓越した決断実行力により、集落全員の生命を守り抜いた小岩内区長さんの奇跡の4人のショットを文章代わりに掲載したいと思います。

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昨日9月1日は防災の日。

大正12年のこの日に発生した関東大震災に起因する防災の日は、東京に生まれ育った人間であれば誰もが知っているはず。

というのも、夏休みが明けたこの日、始業式を終えて教室に戻ると、椅子に日頃座布団代わりに使っている防災頭巾を被り、机の下に潜り込み、そして校庭に出て点呼を受けていたからです。

そんな防災の日は、政府挙げての防災訓練を実施する日でもあります。

環境省でも、西村大臣を筆頭に緊急災害対策本部を設け、初動対応の確認を行いました(私も実際の被災経験、陣頭指揮を取った経験を持つ立場で、緊張感を持って臨んだつもりです)。

環境省にとって、発災時の最大の役割の1つが災害廃棄物対応です。

これは、どの被災市町村も頭を悩ませるところ。

しっかりと被災市町村長に寄り添えるよう、取り組んでまいります。

(ちなみに、どうでもいいことですが、写真のとおり、環境省の防災服は特徴的です。レンジャー(自然保護官)の作業衣に寄せたデザインになっているのですが、何か深い意味があるのかもしれません。未確認ですが…)

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環境大臣政務官を拝命した直後、「大臣政務官って何ですか?」「副大臣との違いは何ですか?」とのご質問を幾つか頂きました。

これを事務方に確認してから回答しようかと思ったのですが、ただでさえ忙しい環境省の職員に聞くのも憚られるので、私の乏しい(そして曖昧な)知識と、実際に就任してみての肌感覚を書き綴ってみたいと思います。

各省庁の政治任用職は、大臣、副大臣、そして大臣政務官のいわゆる政務三役となるのですが、これら政務三役の役割は国家行政組織法によって規定されています。

曰く、大臣は「各省大臣(中略)は、その機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する」と、副大臣は「副大臣は、その省の長である大臣の命を受け、政策及び企画をつかさどり、政務を処理し、並びにあらかじめその省の長である大臣の命を受けて大臣不在の場合その職務を代行する」と、大臣政務官は「大臣政務官は、その省の長である大臣を助け、特定の政策及び企画に参画し、政務を処理する」となっております。

この規定から明らかなことは、副大臣には大臣職務の代行権限があるのに対し、大臣政務官にはそれがないこと。

問題は、「大臣の命を受け、政策及び企画をつかさど」る副大臣と、「大臣を助け、特定の政策及び企画に参画」する大臣政務官との違いです。

これについて、中央省庁再編時に政務次官が廃され、副大臣、政務官が置かれた際の記憶を頼りにかなり大胆に解説すると、副大臣は指揮命令系統上に位置するライン職なのに対して、大臣政務官は特定の政策分野(私について言えば、気候変動や生物多様性など)で大臣をサポートする、指揮命令系統には位置しないスタッフ職と解するのが妥当ではないかと思われます。

ただ実際には、環境省の職員さんが考えてくださる挨拶案を見ても「西村大臣、山田副大臣を支え」となっていることや(実際私は山田副大臣と同じ担務を西村大臣の命により担当しております)、大臣決裁ルート上に私も乗っていることなどから類推すれば、副大臣と政務官との間に、ライン職、スタッフ職という明確な区分はなく、西村大臣はもとより山田副大臣もライン上の「上司」として支えるという方が肌感覚に近いのかもしれません(私の現在の肌感覚をより正確に表現すれば、「政務三役の末席」の立場から「次席」を支えるということなのかもしれません)。

この点については、政務官の具体的な職務内容が自分の体内にもっとしっくり入り込んだ段階で振り返ってみたいと思いますが、今のところはこんな意識を持って臨んでおります。

大して参考にならないかとは思いますが…


(写真は、昨日、公明党ブルーカーボン利活用推進プロジェクトチームからの提言「ブルーカーボンに着目した地球温暖化対策の推進に関する提言」を受け取ったときのものです)

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