FullSizeRender

拙ブログでは触れてまいりませんでしたが、不肖私国定勇人は新型コロナウィルス感染症に罹患していることが判明し、本日までの丸8日間、東京にある議員宿舎にて隔離生活を続けております。

まぁある意味貴重な体験であるため、私個人のたった1件の症例&体験談ではありますが、ここに書き綴ってまいります。

体調に異変を感じたのは環境省の政務官室で各種レクを受けていたときのこと。各種レクの最終盤を迎えていたときのことでした(ちなみに、政務官室のレクはアクリル板越し&双方マスク着用で行うため、仮に罹患しても、濃厚接触者の要件には該当しません。もちろん、罹患確認後、レクしていただいた省員には連絡してもらいましたが…)。

異変を感じたその時はまだ普通の発熱時の症状(節々の痛みが中心)でしたが、そこからの悪化具合がこれまで経験したことのないスピードで、1時間ほどで、発熱、頭痛、喉の痛み、咳、だるさ、倦怠感が一気に襲ってくる、これまでに経験したことのないものでした(それでも、味覚障害や嗅覚障害には及ばず、ありがたく思っております)。

その間、とある陽性患者からメールがあり、2日前に濃厚接触者に該当する場面にいたことが判明し、直ちに衆議院本会議を欠席することを決断、万が一に備え、食材等を調達した上で議員宿舎に直行、これが結果として隔離生活0日目の始まりとなりました。

宿舎には抗原検査キットがあったので、(秘書官からは発症後24時間経たないと陽性反応が出にくいと言われていたものの)直ちに検査すると「陰性」反応が…

でも、今振り返ると、本当に症状が厳しかったのは0日目だったようです。

39.1度の発熱、悪寒、頭痛、体力を異常に奪う咳、喉の痛み、鼻水、そして倦怠感…

少なくとも、私の人生史上トップクラスにしんどい0日目(プラス1日目)でした。

発症後24時間経過して改めて抗原検査すると、案の定「陽性」。

直ちに、三条、政務官室、東京の各チームに連絡して、関係各方面への手続き、公務や政務のキャンセルのお願いを指示するとともに、私由来の濃厚接触者に連絡を直接行ったのですが、激しい倦怠感に襲われている中でのこのやり取りが本当にキツかった…

まだ文字媒体でのやり取りで済んだので良かったのですが、喉の痛みに加え、話せば「あの」異常な咳が襲ってくる中、全てを電話でやらなければならなかったことを想像するとゾッとします。

その点、港区保健所の対応は電子的やり取りでほぼ完結していたので、本当に助かりました。港区のデジタル化には本当に感謝申し上げます(デジタル庁の後押しにも、罹患経験者として心より感謝申し上げます)。

3日目以降は喉の痛みとたまに襲ってくる咳以外は軽快状態となり、隔離生活特有の暇を持て余す状態となったのですが、意外だったのが想像以上に体力を奪われていたこと…

3日目に換気を兼ねて、宿舎の部屋を掃除機で掃除したところ、僅か15分ほどで息が上がる始末…

私は「軽快24時間経過後は感染症対策を徹底した上で買い物のための外出可」とのガイドラインを活用して、軽快24時間後は深夜、買物のための外出をむしろ心掛けましたが、この体力回復に向けたガイドライン変更は必要かと思います(既に公共交通利用制限といった必要不可欠な条件は課しているのですから、外出の目的要件は不要かと…)。

以上、徒然なるままに書き綴ってまいりましたが、最後に私自身以外のことを…

今回の新型コロナ罹患に関し、三条に住んでいる私の家内と娘は濃厚接触者ではありませんでした。どころか、感染可能性以降、偶然にも顔を合わせる機会もなく、全く感染する可能性がない状況で、それは地元紙にも丁寧に書いていただきました(三條新聞さん、心から感謝申し上げます)。

にも関わらず、家内と娘への忌避行動が少なからずあったようです…(他方で、ご心配いただいたり、手を差し伸べていただいたりされた方々もたくさんいらっしゃったようです(私にも同様の方々が!)。中には、玄関先にそっと差し入れを置いていかれる方々も…本当に感謝感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました!)

誤解しないでいただきたいのは、私はそうした方々を非難しようとしてこのことを書いているわけではないということです。

新型コロナウィルス感染症は度々指摘されているように、病いそのものもさることながら、この2年半の間に私たち1人ひとりに蓄積されてしまった「(新型コロナに対する)気持ち」に対しても処していかなければならないことを当事者として実感したことを申し上げたかったのです。

2年半の間に広がってしまった「安全」と「安心」の間の溝…

完璧さを求めがちな日本人だからこそ陥りがちなこの溝を埋めていくことは実のところなかなか困難ですが、弛まぬ努力しか方法はありません。

今回のブログも、その解決に向けたささやかな、ささやかな貢献ではないかと考え、ここに書き記させていただきました。